あるところに

「阿呆鳥」と言う旅館がありました。
歴史ある旅館で、名物に無料の公衆浴場「得素鈴の湯」がありました。
無料でもあり、環境も良かったので、多くの人がそこを利用していました。
時々タオルを湯船につける人や、湯船の中を泳ぐ人や、バスクリンを持ち込んでぶちまける人や、果てには粗相までしてしまうお客さんもいて、中々ハードな日々を送っていました。
ところでこの浴場、ちゃんとした入り口の他に、非常口がありました。
大通りにつながっている事もあって、常連さんなどはそこを利用していたりしました。
ところが困ったことに、人が増えてくると、非常口を普通の入り口だと思っている人が増えてしまいました。
それでも利用していくうちに、大体の人は入り口を知るのですが、中にはまったく気づかない人も少なくありませんでした。

そんなある日、たくさん人が来るのでたくさんお湯を使うことになってしまった公衆浴場。
いつも蛇口いっぱいお湯を出していたので水道管が痛んでしまいました。
いったんお湯を止め、修理することにしました。
多くの人は残念がり、早く復旧することを望みました。
非常口も閉めてしまい、作業は続きます。

修理にひと段落ついたころ、とりあえず一旦お湯を出してみようと言うことになりました。
女将さんは万が一のことがないように“入り口”に使用禁止の張り紙をしておきました。

その時です。
作業の為非常口が開いていたのですが、間の悪いことに、非常口から利用客が様子を見に来ていました。
湯船半分ほどたまったお湯を見て、一番風呂と勘違いしたお客さんは“お湯が少ないな”と蛇口を一杯に捻ってしまいます。

さあ大変。弱っていた水道管が破裂してしまい、公衆浴場は大パニックです。
暮らし安心ク○シ○ンを呼んでもどうにもなりそうになりません。

このことでただでさえ頭を痛めていた女将さんは変わり果てた浴場で沈み込んでしまいました。
さらにそこへ複数の利用客が、何を思ったか憤懣やるかたないと言った体で女将さんに講義しに来ました。

曰く、今まで入り口の存在を知らなかった。

曰く、入り口の存在がわかり難い、不親切だ。

女将さんは彼らの顔を見て、次に彼らの頭の上を見て深い深い溜息をつきました。
何故なら、彼らの頭の上にはプレートがぶら下がっており、そこにはこう書いてあったからです。


「公衆浴場入り口。あちら→」